4.末梢神経障害

手の骨(手根骨と言います)と手掌の付け根にある靱帯(屈筋支帯と言います)に囲まれた手根管というトンネルの中を、正中神経と9本の指を曲げる筋肉の腱が通っています(図4-1)

手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)とは、このトンネルの中で正中神経が慢性的な圧迫を受けて、正中神経の支配領域である親指、人差し指、中指、それに薬指の中指側にしびれ、痛み、運動障害を起こす病気です(図4-2)。常時、しびれや痛みがあるわけではなく、夜間に強く感じることが多いようです。40~60歳の女性に多く、男女比は約7:3です。

女性に多く見られる理由として手根管の隙間が男性に比べて狭いためと言われています。利き手側の方が非利き手側より頻度が高く、パソコンのキーボード操作など手指を酷使して発症するケースが多くみられます。その他の原因として慢性関節リウマチ、関節変形、妊娠、骨折や腫瘤による手根管の圧迫、血液透析によるアミロイドという物質の沈着などが原因として挙げられます。

右手の正中神経と手根管の解剖

図4-1 右手の正中神経と手根管の解剖。図中の赤線は手根管開放術における皮膚切開線(長さ15mm)。

右手の正中神経の皮膚神経支配領域

図4-2 右手の正中神経の皮膚神経支配領域。小指全体と薬指の小指側半分は正中神経ではなく、尺骨神経支配領域であることに注意。


診断には上記症状以外に、Phalenテストによる誘発試験(図4-3)が参考になります。正中神経の神経伝達速度の測定(図4-4)が有用で、この検査によって確定診断が可能です。軽症の場合の治療は、手首をサポーターなどで固定して安静を保つ、消炎鎮痛薬の服用、ステロイドの局所注射が挙げられます。耐えられないしびれ、痛みがある場合や、筋力低下がある場合には外科的治療が行われます。顕微鏡下に屈筋支帯を切断し、正中神経への圧迫を除去します(図4-5)。通常、局所麻酔での日帰り手術を行っています。

Phalenテスト

図4-3 Phalenテスト:1分程度、両手首を過度に屈曲することで、正中神経が圧迫刺激されます。この位置でしびれが増強すれば陽性で手根管症候群の可能性が高い。

正中神経の神経伝導速度検査所見

図4-4 正中神経の神経伝導速度検査所見。右手首刺激による右母指球筋の誘発筋電図がみられないことから、右手の手根管症候群と診断される。一般に、手首刺激から母指球筋の筋電図が誘発される潜時は4msec以内で、それ以上の場合は手根管症候群が疑われる。

手根管症候群の手術所見
手根管症候群の手術所見

図4-5
左:手根管症候群の手術所見。肥厚した屈筋支帯と正中神経間に剥離糸を挿入し、剥離している。
右:屈筋支帯を切開し、正中神経(矢印)の圧迫を解除した術中所見。

肘部管症候群は、肘部内側で上腕骨内側上か尺骨神経溝からとう側手根屈筋起始部にいたる間隙(肘部管)(図4-6)尺骨神経が絞扼されて生じる麻痺をいいます。末梢神経絞扼障害の中で、手根管症候群に次いで頻度が高く、上肢絞扼障害の1/4を占めます。

しびれのみで、明らかな知覚脱失や筋萎縮がないかあるいは軽度の場合には、保存的治療を選択します。保存的治療に抵抗性で、しびれ、痛みが持続し、尺骨神経支配領域の筋萎縮が明らかな場合には手術的治療が必要です。

手術は肘部管の天井である尺側手根屈筋のアーケードを切開して、尺骨神経の圧迫を開放します(図4-7)

肘部管の解剖

図4-6 肘部管の解剖

尺骨神経の顕微鏡下滅圧手術所見

図4-7 尺骨神経の顕微鏡下滅圧手術所見。矢印は減圧後の尺骨神経。